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一期一筆
- 茨木ワールド 2025.01.20
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〈ぱさぱさに乾いてゆく心を/ひとのせいにはするな/みずから水やりを怠っておいて/(略)初心消えかかるのを/暮らしのせいにはするな/そもそもがひよわな志にすぎなかった/駄目なことの一切を/時代のせいにはするな/わずかに光る尊厳の放棄/自分の感受性くらい/自分で守れ/ばかものよ〉
この詩は2006年に79歳で亡くなった詩人・茨木のり子さんが、48歳の時に発表した代表作『自分の感受性くらい』である。第2次世界大戦中に〝非国民思想〟に同調、お洒落などの感性を封印してしまった乙女時代の悔悟に襲われる中で茨木さんが見い出したのは〝反骨の詩風〟だった。
〈そんなに情報集めてどうするの/そんなに急いで何するの/頭はからっぽのまま〉。これも茨木さんの作品『時代おくれ』からの抜粋である。ネット依存社会を予測し、皮肉った「頭はからっぽのまま」との鋭い言葉や「感受性くらい」の最後を締める「ばかものよ」などの心刺す言葉で、時代と対峙し続けてきた〝詩人の証〟も示した。73歳で編んだ『倚りかからず』では、できあいのものに寄りかからず生きた茨木さんの人生そのものが透けて見え、考えさせられた。
大阪市生まれ、23歳で結婚した茨木さん。詩作の最大理解者だった夫の医師・三浦安信さんは、25年後に病死した。茨木さんの死後に見つかった亡き夫を偲ぶ39編の〝恋文の詩〟は、詩集『歳月』として出版され、大きな反響を呼んだ。混沌の時代を生きる現代人の心の指標がたくさん見つかりそうなのが、この〝茨木ワールド〟、弱い心が叱咤されるはずである。(石井仁・読売新聞東京本社元記者)