美空ひばりさん、山本富士子さん、森光子さんなど名だたる女性座長の相手役を務め、時代劇スターとして人気を集めた俳優・林与一さん。老舗劇団『前進座』の錦秋公演『雪間草―利休の娘お吟―』では、謎多き茶聖・千利休を演じます。意気込みを伺いました。

「前進座×林与一」黄金タッグで送る本格時代劇の世界

　粋な和服姿で取材会場に現れた林与一さん。差し出された名刺には『日本伎藝文化振興会・理事長』と記されています。
　「芸能などを正しく後世に伝えるために設立しました。時代劇のあり方や所作、礼儀、日本の伝統文化…そういうものをちゃんと守っていこうという団体です。例えば『礼』について。オリンピックで柔道を見ていると、最初と最後に礼をするでしょう。僕も稽古場に入る時と舞台に入る時は必ず礼をするんです。そこで世話になるから。でも今そんな演劇ないですよ。『礼に始まって礼に終わる』をみんな忘れてしまっています。誰かが見ている・見ていないじゃなくて、自分の気持ちの礼というのをね。ただそんな話をすると、うちの子どもなんかは『パパ古いよ』って（笑）。だから俺は古い人間なんだよって喧嘩するんだけども」
　そんな林さんが千利休役を務める舞台『雪間草―利休の娘お吟―』が11月８日、三越劇場から始まります。豊臣秀吉の側近として篤い信頼を得ていたものの、なぜか切腹を命じられた利休。２人の間に一体なにがあったのか…。ねね・茶々・お吟らを巻き込みながら、戦国ミステリーのひとつ『利休切腹』の謎に迫ります。
　「思い起こせば昭和32年、15歳で初舞台を踏んだのが『お吟さま』という作品なんです。ですから人間の因果と言いますか、今回『雪間草―利休の娘お吟―』というお芝居に出させていただくに当たって、ひょっとしたらこれで僕は締めくくりかな、という気持ちもどこかにあります。そして最後であるならば、やはり命を懸けて取り組まなければならない、そう思っているんですよ。
　とは言え、実在の人物を描くというのは非常に難しいですね。僕たちが今までやってきたのは多くが娯楽時代劇で、実在ではありません。『必殺仕掛人』にしても何にしても、どうしたら格好よく見えるか、爽快感を持っていただけるかが最優先の作りなんです。そのために僕は監督に自分の美学を申し上げたりするわけですが、今作に関しては歴史劇に近いものですから。僕が何か申し上げるより、演出家の仰る通りに動くのがベストだと思っております」
　「指示通りに演じる」と言葉にするのは簡単ですが、その裏では入念な準備が行われています。
　「やはり何パターンか引き出しを作っておかなければならないので、美術館に行ったり、お寺に行ったり、哲学書を読んだり、要するに現代のものはあまり見ないようにして生活をしています。そういう予備知識やルーティーンを積み重ねていくことで、利休っぽい匂いが出るんじゃないかなと。僕自身、利休に対しては芯の強い、どうにも自分を曲げられない人間だという印象がありますが、人それぞれの見方がありますからね。10人いらっしゃったら６～７人が持ってらっしゃるイメージにどれだけ近づけられるか、『っぽい』と言っていただけるかが重要なのだと思います」
　日頃から役に合わせた生活を送る林さんが、どんな匂いをまとって舞台に現れるのか。期待が膨らみます。
　「お客様には楽しみながらその時代のことを知っていただけたら良いなと思います。当時の権力者と茶人の関係や、茶道の心得はこんなのがあったんだな、とかを理屈っぽくならずにね。やっぱりお金を出して観るのだから、肩凝って帰ったんじゃつまらないでしょう（笑）。いま本読みを二度やったところですが、非常に楽しい良い舞台ができるのではと感じていますので、ぜひ劇場に足を運んでいただければ嬉しいです」

■プロフィール

俳優・舞踊家／林与一

1942年大阪府出身。曽祖父は歌舞伎役者の初代中村鴈治郎。祖父・父も歌舞伎役者という家系に生まれ、自身も57年に大阪歌舞伎座で初舞台を踏む。64年、NHKの大河ドラマ『赤穂浪士』の堀田隼人役で脚光を浴び、時代劇スターとして人気を集めた。現在は、長い芸能人生の知識と経験を生かした講演会やワークショップを全国で開催。日本舞踊「林流」の宗家でもある。

■インフォメーション

雪間草（ゆきまそう） ―利休の娘お吟―

出演／浜名実貴、林与一（特別出演）、河原崎國太郎、嵐芳三郎 他　

日程・会場／11月8日（金）～14日（木）三越劇場、

11月20日（水）たましんRISURUホール、

11月21日（木）武蔵野市民文化会館　

料金（全席指定・税込）／はいから割引A席7,500円（定価8,500円）

【問】前進座東京事務所　0422-49-0300（平日10：00～17：00・土日祝休）