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願いはひとつだけ。作品に込められた祈りが、同じ体験をした人の魂にも届いてほしい 2011.07.19
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願いはひとつだけ。作品に込められた祈りが、

同じ体験をした人の魂にも届いてほしい

 

歳を重ねるにつれ、ますます大人の色気と

渋みが増していく役者・豊川悦司さん。

『トヨエツ』という強いカラーを持ちながら、

コミカルな役から陰のある役まで、どんな役も

自分のものにしてしまう。

そんな豊川さんが、99歳の新藤兼人監督の

「人生最後の映画」に主演する。

 

 

■オファーの絶えない豊川悦司さんが、思わず恐縮したこと

 

 カメラマンが密集する狭い部屋に、190センチ近い長身の男性が現れた。シャツにジーパンと、ラフなスタイル。指先をピシッと揃え、背筋を伸ばし、部屋の入り口で深々と取材陣に頭を下げた。美しい所作だった。

 

 限られた時間の中、数人のカメラマンによる撮影合戦が始まる。「はにかんだように笑って」「もっとセクシーに」難しい注文に、嫌な顔ひとつせず応えていく。たまに困ったように笑った。逞しい体についつい目がいくが、「ジムに通ったり、日常的に何かしているとかはないですよ。役に合わせて、ある程度体を絞ったり鍛えたりすることはありますが…特別なことは何も」とポツリと呟いた。

 

 インタビューが大の苦手という豊川さん。決して饒舌ではないが、一つひとつの質問に誠実に答えてくれる。豊川さんと言えば、NHK大河ドラマ『江~姫たちの戦国~』の織田信長役が、鮮烈に焼き付いている。脚本家の田渕久美子さんが豊川さんに「どうしても」と食い下がり、『トヨエツ信長』が実現したのだ。時代劇から現代劇、恋愛もの、刑事もの、ホームドラマ…ジャンルを問わず、あらゆる役を演じ分ける。近年では薬師丸ひろ子さんと夫婦役を演じた映画『今度は愛妻家』が話題を呼んだ。

  監督・脚本家からのラブコールが多い中、「まさかお声をかけて頂けるなんて…」と豊川さんが思わず感極まった人がいる。
 それが、99歳の新藤兼人監督だ。

 

■畏敬の念を抱く新藤兼人監督の『分身』を演じる

 

 新藤監督との出会いは三年前。映画『石内尋常高等小学校 花は散れども』の現場だった。豊川さんは、戦争帰りのシナリオライターという、監督自身が強く投影された役を演じた。
 「新藤監督が僕をご存知だったことも驚きましたし、僕でいいんだろうか? という不安でいっぱいでした。現場ではかなり緊張しましたね。監督はあまり口数の多い方ではないので、余計に…」

 

 そして三年を経て、再び新藤監督から声がかかった。監督の戦争体験をもとに撮り上げた映画『一枚のハガキ』。監督自身が「最後の作品」と宣言した、99年の人生の集大成だ。もはや『分身』と言えるほど、監督が色濃く投影された主人公を、豊川さんは任された。
 「光栄ですし、責任重大です。ただ、それに捕われすぎないように、なるべくひとりのキャラクターとして考えるようにしました。役名が『新藤兼人』だったら、また違ったかもしれませんが」と笑う。

 

 「新藤監督は、日本映画の創世記に近い頃から仕事をされていながら、つねに新しく、既成概念に捕われない斬新な作品づくりをされる。商業主義もどこ吹く風、非常に作家性の強い監督だと思います。尊敬という言葉ではとても言い表せませんね。作品に携わった人たちは皆、同じような感覚だったのではないでしょうか。こんなに偉大な監督と二度も続けて仕事ができて、役者冥利に尽きます」

  新藤監督は本作を最後に、自身の映画人生に終止符を打つ。

 

 

■「堂々と演(や)ってくれ」表現者として想いを伝えるために

 

 戦争末期に召集された兵士100名のうち94名が戦死し、6名が生き残った。生死を分けたのは、上官が彼らの任務先を決めるために引いた『クジ』―。クジが行われた夜、啓太は仲間の兵士・定造から、妻・友子より送られてきたという一枚のハガキを手渡される。フィリピンへの赴任が決まり、生きて帰れないことを覚悟した定造。宝塚へ赴任する啓太に、もし生き残ったら、そのハガキを読んだことを友子に伝えてくれるように頼んだ。

 

 生き延びた啓太が故郷へ戻ると、家は空だった。妻は啓太の父と恋仲になり、二人で出奔していたのだ。愛する家族を残して仲間たちが死んでいき、待つ者のいない自分が生き残った。罪悪感に苛まれ、生きる気力を失い、毎日を無為に過ごす啓太。しかしある日ふと、定造から託されたハガキを見つける…。

 

 「紙切れ一枚で人間の命が左右される―考えられませんが、実際にあったことです。新藤監督は、クジで何度もふるいにかけられ、6人のうちのひとりとして生き残りました。自分の命の後ろに、94人の仲間の死がある。さらにその後ろには、夫を、父親を、働き手を失った家族の破滅がある。その事実を背負って生きていくというのは…。僕がどんなに想像で補おうとしても、やはり限界があります。監督の台詞や演出には、経験者にしか語れないリアリティ、説得力があるんです」

 

  啓太はハガキを持って、定造の妻の友子に会いに行く。友子に説明しなければならない。ハガキを託された理由。定造と交わした最期の言葉。定造は死に、自分は生き残った。クジ運の良さだけで―。「奥さんの気持ちを考えると、非常に言いづらいことです。だから自然と、僕の演技も弱々しくなった。でも監督は、『いや、違う』とおっしゃった。『恥じることはないんだ、堂々と言ってくれ』と。体験者ならではの言葉ですよね。僕の仕事は、想像と事実の間で探りながら、監督の想いを具現化していくこと。決して、表面上の芝居になってはいけないんです」

 

 豊川さんは指を組み直し、静かに目を閉じた。新藤監督は戦争が終わっても、亡くなった94人の魂をずっと感じながら生きてきたという。監督の分身を演じる豊川さんにも、当然、その重みがのしかかる。物語を構成する登場人物としての啓太と、『真実を伝える』役割を課された啓太―。フィクションとノンフィクションの狭間で生きた豊川さんは、「監督の最後の作品に込められた強い想いを、祈りを、僕は少しでも体現できただろうか? 監督の向こう側にいる、同じ体験をされた方々の心に、魂に届いてほしい。そう願わずにはいられません」と語る。

  一方、戦争で夫も家族も失い、古い家屋と共に、ただ朽ち果てるのを待っていた友子。そこにハガキを持った啓太が現れた。戦争に翻弄され、すべてを奪われた二人が出会ったとき、物語は加速する。再生に向けて動き出す。新藤監督は希望に満ちたラストシーンを用意していた。
 「もがき、抗い、苦痛にのたうち回りながら、それでも生きていく。傷は消えることはなくても、諦めなければ、また前を向いていける。そう確信させてくれました。監督の根底に流れる『人間讃歌』が感じられる、力強いラストです」

 

 

◎役者/豊川 悦司
とよかわ・えつし 『12人の優しい日本人』『きらきらひかる』等の映画で注目される。テレビ代表作に『愛していると言ってくれ』『青い鳥』等。近年の映画出演作に『愛の流刑地』『接吻』『サウスバウンド』『犯人に告ぐ』『花は散れども 石内尋常高等小学校』『20世紀少年』等多数。昨年公開の映画『必死剣鳥刺し』『今度は愛妻家』では様々な主演男優賞を受賞。

 

 

 

◎映画『一枚のハガキ』

 

戦争末期に徴集された100人の中年兵のうち、クジによって生き残った啓太。生きる気力を失い、突如ブラジル行きを決意。荷物を整理中、一枚のハガキを見つける。死んだ仲間の定造から託された、妻から送られてきたというハガキだ。そのハガキを持って、啓太は定造の妻の友子に会いに行く…。新藤兼人監督の実体験を元に戦後を果敢に生きた人々のたくましさと希望を描く。

 

 

■ 監督・脚本/新藤兼人 

■ 出演/豊川悦司、大竹しのぶ、六平直政、大杉 漣、柄本 明、倍賞美津子、

      津川雅彦
■ 8/6テアトル新宿、広島・八丁座にて先行ロードショー、

  8/13より全国ロードショー 


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